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エッセイ

死語って 【新築住宅 by 建築士@建築士の新築住宅】

私の友人が電車に乗ったとき ある若い男女が見苦しいくらいいちゃいちゃしていたらしい。帰宅して娘と嫁に「あんなアベック,ひんしゅくだ」などと話したところ,二人はふきだしたという。ふきだした理由は「アベック」という言葉。いまはカップルと呼び,アベックなんて言葉は,死語になっているというのである。言葉は常に変化する。それにはいろんな理由があり,社会的状況や有名人が別の使い方をすることによって社会的に影響を受けたり様々な理由で変化する。しかしそれは別の使い方をされるだけで,言葉自身は死ぬのではない。言葉が死ぬとは,あくまでもその社会にとって必要がなくなり使われなくなったということである。「アベック」の場合,使われる機会が減っただけでその意味する状況(ここでは男女という意味では)は,現に存在する。だから,アベックは死語というより流行(はやり)の言葉でなくなったということである。
ただ,はやり廃りで言葉をかってに「死んだ」と定義してよいのだろうか。日本の文学はひとつの意味でも様々な言い回しを持つことによってその言葉の背景となる空間を豊かにしてきた。出来るなら,どんな言葉も勝手に殺して言葉の奥行きを狭くするより,様々な言い回しとして残すべきではないであろうか。
情報化時代,ネット時代,これからますます「いらち」の時代になり,見た目の時間の流れはどんどん速くなり,このような言葉の刺殺の傾向は増えていくであろう。それも「古い!」という暴力的・脅迫的な切り捨てによってである。万葉の時代から奈良時代を経て広がり,平安時代に花咲いた日本の言語の複雑さ・豊かさが,江戸には何とか維持され受け継がれてきたにも関わらず,この昭和・平成の世に単純化してしまうのは何とも惜しい話である。
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